カテゴリ:2012年パラグアイ( 19 )

 

父親同士がはとこです。

父親同士がはとこにあたる、三佳さんと美奈さん。
出発の前日、仕事の後にお土産を持ってわざわざ会いに来てくれました。
b0246322_10294666.jpg



三佳さんは乳製品の工場で事務のお仕事をしています。
宿の近くだったので、「仕事中かな~迷惑かな~会えるかどうかわからんな~」と思いながら、訪ねてみると・・・会えました!
b0246322_10301448.jpg

牛乳やヨーグルト、キャラメルに似た甘いソースなども小売しています。
イチゴ味と桃味のヨーグルトを買いました。
b0246322_1031235.jpg



こちらではメジャーな袋入り牛乳。冷蔵庫でどうやって保管するか・・・お菓子の袋を閉じるパッチンを使って、そぉっと立てて置きます。
b0246322_10312169.jpg


職場の写真セットもプレゼントしてくれました。
b0246322_10313751.jpg


裏には手書きのメッセージ。
b0246322_10315215.jpg



妹の美奈さんは農協で働いています。
b0246322_10321112.jpg

農協には日本の食材が豊富です。
b0246322_10323664.jpg

醤油、料理酒、みりんはもちろん、おでんのもとやダシ用の昆布、みそ、カレーのルーなど何でも揃ってます。
b0246322_10325687.jpg


農協には白菜、ネギ、小松菜、チンゲンサイ、といった日本でおなじみの野菜も並んだり、家庭菜園して余ったから出荷しよう~と野菜を農協に持ち込んでいる人もいます。


あんぱん!その横にあるのは、羊羹!
b0246322_10331735.jpg


農協のレジ。
b0246322_10352396.jpg


入り口には日本語の張り紙で地域のお知らせ。
b0246322_1035379.jpg


美奈さんは農協スーパーの隣にある事務所の二階で仕事をし、夕方5時になると看護学校のスクールバスが迎えに来るのでそれに乗って学校へ行きますに。大学や専門学校に通う子たちものほとんどは、ブラジルとの国境近くシウダーデルエステの夜間学校に通います。ここから1時間ほどの場所へスクールバスで通い、夜中に帰宅。翌朝は5時か6時には起きて出社、また夕方学校へ行く。勤勉なのです!!

勤勉といえば、高校生は年に4回ほどのイベントで店を出し、自分たちの修学旅行の費用を稼ぎます。目的地はアスンシオンなどの国内ですが、儲けによっては1泊になったり4泊になったりします。豪華なホテルに泊まりたければ、その分頑張ります。
「自分で稼いだ金でなくては旅行ではない」のです。

三佳ちゃんも美奈ちゃんもスゴイ!
b0246322_10343753.jpg
三佳さんも美奈さんもいつか日本に遊びに来るそうです。
そのときは、ぜったいぜったい、できるだけたくさんのおもてなしをしてお返ししてあげたいと思います。
パパ、ママ、そのときはご協力よろしくお願します。
[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-13 20:28 | 2012年パラグアイ  

ペンション園田の思い出


入り口にはかわいい犬。
b0246322_10213344.jpg

むやみに近づいてきたりしない、
b0246322_10214761.jpg

肉球を撮影しても怒らない
b0246322_1022291.jpg

非常に大人しい犬が4頭か5頭います。
b0246322_10222215.jpg


ペン園オーナーはじめさんの弟さんが「きくらげを採りに行こう」と誘ってくれたので採石場に行ってきました。
b0246322_1022377.jpg



採石場の奥の森。この土地はすべて、日本人会の所有です。
ここを訪れた県人会の人たちや学生の団体さんが植林をしてそれぞれの看板を立てていました。
b0246322_10225298.jpg


こんなところにきくらげ、ほんまにあるんかな~。昔ジャングルだったというのが納得できるような、森。ハリネズミなんかもいるそうですが、最近はあまり見かけないとか。
b0246322_10231460.jpg


あった!!!!
天然のきくらげ。大量です。
b0246322_1023309.jpg


採石場も見学。
ここにある岩は非常に質が優秀で、見かけよりもすごーーーく重いです。
ム、無理です・・・「そうでしょう~そうでしょう~」
b0246322_10234425.jpg


このまま採掘し続けても100年以上堀り続けられる量があります。
b0246322_10235995.jpg


日本人会の広報の壱番さんには、ビデオ撮影にも応えてもらいました。
高校の教室を使ってのインタビュー。
b0246322_10242121.jpg


5月といえば、子供の日。宿にもスーパーの前にも鯉のぼりが揚がっています。
b0246322_10243992.jpg


子供の日。オーナーはじめさんの長男・来輝くん。
b0246322_1025091.jpg



週末には、土日だけ開いているラーメン屋さんに行きました。
11時30分開店ですが、11時過ぎにすでにお客さんが入ってました。
b0246322_10252528.jpg


メニューが豊富でいろいろ迷いますが・・・
b0246322_1034471.jpg


ラーメン!
b0246322_10254546.jpg


ギョーザ!!
b0246322_10261574.jpg


「太っているのを気にしていたのはダレ!?」
何のことかいな~?スープが最高。飲み干しちゃいました。
b0246322_10263961.jpg


満腹!このあと、私の隣にいるナルさんアヤコさん夫婦はイグアスの滝へと旅立っていきました。また少し宿の人数が減りました。
b0246322_1027136.jpg


と思ったら、また増えました。二十代前半の若者が来て、平均年齢がガクンと若返った!
日本人宿だと、いろんな旅の話しが日本語で聞けるからいいなぁ。
b0246322_1027342.jpg



この日の夜は「スーパームーンだ」とパラグアイでも騒いでました。
確かに大きな月でした。
b0246322_10282490.jpg


ピカチュウが暴れ
b0246322_10283938.jpg


犬が慌てた夜でした。
b0246322_10285855.jpg

[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-12 19:20 | 2012年パラグアイ  

みんな出発

バイクで旅をしているたくまさん。
日本から修理の道具がなかなか届かず、ペンション園田に1カ月も滞在していました。
b0246322_10152640.jpg


チリで30万円くらいで購入したという愛車とともに、アスンシオンに向けて出発です。
b0246322_10154090.jpg


動物と自然が大好きなサトコさんに感化され
「ボニートで清流に身を任せて流れながら水中の生き物を堪能」
「アマゾン川を船で5日かけて下るのんびりダラダラした時間」
に魅力を感じ、ブラジルでどう過ごそうか、かな~り迷っています。

サトコさん、私たちより一足早くブラジル・ボニートに向けて旅立ちます。
b0246322_10155876.jpg


夜遅いし、みんなでお見送り。
b0246322_10161378.jpg


「次ポルトガルかスペイン?また会えるよね・・・同じ32歳やし」

「え!わたしも32歳です」
アヤコさん!?
どう見てもあんたは24~5に見えるけど!?
b0246322_10164261.jpg


これもなんかの縁やな~。
またどっかで会えるかな~。

みんな旅立つな~。うちらは、いつ出発するんかいな~。
今日も豆腐屋さんが来て、美味しい豆腐買ったし、醤油とネギと新ショウガでめっちゃ美味しいし、あ~どうしよう~。これが沈没ってやつかな~。
旅ってなんなんだろう~。


とりあえず、今日もたいした運動や活動してないけど、夜ご飯美味しくいただきまーーす。「フサ子さんの作ったキュウリと大根のお漬物、サイコー!」
b0246322_10165920.jpg

[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-11 19:13 | 2012年パラグアイ  

1泊2日イグアスの滝(後編)

7時30分起床!

したつもりが、なんと時差がありました。宿の時計は8時半を過ぎてました。

急ぐことをやめて、ゆっくり朝食を食べてから出発。
朝はクロワッサン。あーアルゼンチンに帰ってきたんやな~。
b0246322_9565750.jpg


あ!そういうえばイグアスの滝のある国立公園内の食事はバカ高いらしい。サンドイッチ作っちゃえ~。ほんまはきっと、反則やけど・・・。チーズとハムをはさんだホットサンド作ってひそかにバックに入れました。
b0246322_9571697.jpg


バスに乗って国立公園へ!
b0246322_957337.jpg


公園は広いので小さな列車に乗って移動できます。もちろんタダ。
今日は5月1日メーデー、祝日です。
どうりで団体観光客が多いはず。
前のおっちゃんが「さぁほっぺにチューをしろ!」というのでこんな写真になりました。
b0246322_9575147.jpg


さて出発。

目指すは「悪魔のノド笛」。
b0246322_9581127.jpg


水が茶色いときは水量が多いサイン!
楽しみやな~。
b0246322_9583451.jpg


ん?なんか霧みたいなんが見えてきた。どういうこと?
b0246322_9585719.jpg

滝の勢いがすごすぎて、流れ落ちる水しぶきがここまで飛んできよるってこと!?
b0246322_9591585.jpg



テレビ用にもしっかり撮影しました。
ちゃんと撮れとるかな~。
「この水では近づけん!」と、夫、望遠機能で必死に撮影。
b0246322_9593872.jpg



キャーすご~~~い。
b0246322_1002748.jpg


風の流れと水の勢いでピッシャーって水しぶきが飛んでくるたびにあっちこっちで悲鳴のような歓声が上がります。
b0246322_101851.jpg
ビショ濡れやけど、テンション上がってきた~~~。
あっちこっちに虹も出来るので、それを発見しただけでひゃーひゃー言ってしまいました。
b0246322_1021293.jpg



やっぱり防水カメラ買うほうが良かったんちゃう!?
水が怖くてあんまし撮影できず、
それくらいすっごい水しぶきの降りかかる迫力のある水量でした。
サイコー!ディズニーランドかUSJのアトラクションみたいだった~。
b0246322_1004954.jpg


あーズボンびしょびしょ。
b0246322_1023037.jpg


濡れても良い服装で行きましょう。こうなっちゃいます。
b0246322_1025092.jpg



ガイドブックにあった、アナグマが現れました。
b0246322_1035752.jpg


「アライグマの種類やけん、菌を持っとるはずじゃ。近づいたらアカン」と言いながら撮影。
b0246322_1063988.jpg

ひぃ~
サンドイッチせいかめっちゃ寄ってくる~。
b0246322_1042787.jpg


アナグマを振り切って、遊歩道を散策。
b0246322_105627.jpg


全長四キロのイグアスの滝のほとんどはアルゼンチン側。
悪魔のノド笛は一番ブラジル側に近い、一番迫力のある滝ですが、ほかにも滝スポットはたくさんあって、公園内を散策しながら楽しむことが出来ます。


別の角度からの滝。
時間があればボートで滝に突っ込みたかったな~。
b0246322_1052753.jpg




とにかく水しぶきがすごいので、「ここから撮って下さい」というつもりで滝から離れた場所にいるお兄さんにカメラを渡して、一番滝に近い場所に走っていったら、後ろからお兄さんもついてきて結局カメラが濡れそうになったのでアセって、「もうほこからでいいです~」と言って撮ってもらった写真。
b0246322_106493.jpg


「イグアス」は、パラグアイの原住民の言葉「グアラニー語」でイグ=水、アス=壮大な、という意味。
世界中の誰もが知っている言葉がグアラニー語。それなのに、イグアスの滝はちょっともパラグアイの持ち物ではないのです。
この領土を争う戦いで、パラグアイの男性の7~8割が命を失ないました。
男性が少ないこともあって、パラグアイの女性は非常に強く、社会的にもしっかりした仕事を持って家族を支えている人が多いそうです。
b0246322_1071217.jpg

国立公園内のシェラトンホテル。記念撮影するカップル、を撮影。
b0246322_1073176.jpg



15時にはシウダーデルエステに到着していないとけないので急ぎ足。
エステは夜になると、とても危険な場所なんだそうです。
予定通り15時ごろにはパラグアイ入国できたけど、どうも様子がおかしい・・・そう今日はメーデー祝日だったので、バスが全然ないんです。

はじめさんに教えてもらった場所で待って待ってしたけど、バスが来るようすはなく、すっかり疲れてしまいました。
だから写真は一枚もありません。2人の間にピリピリしたムードが・・・。どっちも悪くないのに、なんか疲れて無口。不機嫌風になってしまいます。これが2人旅・・・。

日が暮れ始めて、真っ暗になったらタクシーでもいいから、お金かかってもいいから帰ろうと話し合っているとさっきバス停のことを教えてくれたおじさんが若い人と一緒に手招きしてくれました。
「今日は祝日だからバスは少ない。待っててもこない。ここから7キロ地点までバスで行って、そこでアスンシオン行きのバスに乗って途中の41キロ地点で降ろしてもらったらいい」
と教えてくれました。
少し先の大通りに出て「7キロ地点」と書いたバスに乗りこみました。
運転手さんも乗客も親切で「ここで降りろ。あっちにバス停がある」といろいろ言ってくれました。

無事7キロ地点。人もいるし、アスンシオン行きのチケットを売るおじさんもいるし、なんとか日が暮れるまでにバスに乗ることが出来そうです。
ヤレヤレ。。。
b0246322_108778.jpg
久しぶりにたくさん歩いて筋肉痛になりました。
[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-10 19:55 | 2012年パラグアイ  

一泊二日でイグアスの滝(前編)

シウダーデルエステで買いモノしてからブラジル国境を越えてアルゼンチン入り、
そしてイグアスの滝を見る!という計画で出発です。

「ちょうど用事があるから乗せていってあげるよ」
というはじめさんの車でチャーっと国境の町シウダーデルエステへ。

「先に出国のハンコだけもらっておけばいいよ」と一緒にイミグレへ。
カメラを買いたいと言うと、地図まで書いてくれました。
はじめさんはツンデレです。なーんだかんだ言って結局優しい人です。
b0246322_8294594.jpg


はじめさんに教えてもらった電気街3箇所を廻ります。
バチバチ!って音がして、なに!?って振り返ったらスタンガン、売ってました。
それにしても人が多い~。
b0246322_830835.jpg


アメリカーノ、ライライなど、はじめさんがおしえてくれた三つの建物を回りました。
b0246322_8312143.jpg


買いたいのはNIKON COOLPIX P300。
何軒もあるので、とにかく値段を聞いて聞いて比較して検討します。

ほんまにほんまに、ホンモノかな~。
b0246322_8314433.jpg


うーん、うーんとうなっていても、本物かどうか分かるはずもないので、や!っと決意して買いました。価格ドットコムで調べた最安値より安かったのが決め手になりました。
b0246322_832220.jpg


シウダーデルエステは3時になったら店が閉まっちゃいます。


ブラジルを抜けてアルゼンチンに行くバスはどれも満員。「もう乗れない」って断られてしまいました。
すごい渋滞やし・・・困った・・・
b0246322_8322194.jpg


どうしよう~と思っていたらジュース売ってるおっちゃんが
「あの人たちもアルゼンチンに行くみたいだからついて行けばいいよ」と教えてくれたので、その背中を追いかけてみました。
b0246322_8323615.jpg


途中でバイクのモトタクシーが声をかけてきたので値段を聞こうとしてたら、お兄さんたちが振り返って「この子達は僕たちと一緒に行くから」と勧誘を断ってくれました。

よかった。付いて行ったらいけるみたいじゃ!
b0246322_833073.jpg


わ~景色がいいな~
と感激してたら

・・・ん??これは
パラグアイとブラジルをつなぐ「友情の橋」。
え!このまま歩いて国境越えちゃうの?
b0246322_8331764.jpg



とか言ってるうちに、ブラジル入り。
不法入国状態!?
とにかくこの辺は「警察が悪い人」らしいので、とにかく早くアルゼンチンに行かなくっちゃ。
b0246322_8344576.jpg


バスが来てこれに乗り込むんですが・・・パラグアイの通過グアラニーしか持ってないけど大丈夫?どうしよう。
最悪ドル札でなんとかしよう。
ドキドキしてたら別のおばちゃんが振り返って「8000グアラニーくらいよ」と教えてくれました。
バスの運転手さんに2万グアラニー渡すと、ブラジル通貨で2レアル帰ってきました。
おつり4000グアラニーはだいたい80円くらい。1レアルは40円くらいだから・・・

合ってるのか!すごい、バスのおっちゃん、インターナショナルじゃ。
b0246322_835243.jpg


バスに乗ったものの、まだドキドキしてたら近くのおっちゃんが話しかけてくれました。
なんか理解できる~と思ったら英語で話しかけてくれてました。
「次の橋はブラジルとアルゼンチンの国境なんだよ。窓の外見てたら国境を超えた瞬間が分かるよ」

黄色と緑、ブラジルの国旗が・・・・
b0246322_8352144.jpg


あ!アルゼンチンの青と白になった!!
b0246322_836215.jpg

「ブラジルの出国スタンプを押してもらうイミグレがあるから、スタンプもらわないといけないんじゃない?出国スタンプもらったら、このバスを降りて次のバスを待たないといけないよ」とおっちゃんが心配してくれましたが、ブラジルは通過するだけなので大丈夫。皆と一緒にアルゼンチンのイミグレへ行って入国手続き。
簡単な荷物検査もありました。
b0246322_8361684.jpg



アルゼンチンに入国したらバスターミナルはすぐ。
「バンブーっていうホステルが良いよ。ターミナルの目の前のガソリンスタンドの前だよ。満室でも同じ系列でもう一軒あるから部屋はきっとあるよ」と英語ペラペラのおっちゃんが教えてくれたので、その通りにしました。
b0246322_8375017.jpg


清潔な雰囲気の新しい宿。
b0246322_8381431.jpg


チェックインして一安心。ご飯を食べに行った先で、さっそく新品のカメラに夢中。
料理が来てないので付き出しのイモを一生懸命撮影。
b0246322_8505047.jpg


嫁撮影
b0246322_8384847.jpg

料理撮影
b0246322_839022.jpg

嫁撮影
b0246322_8391126.jpg


なんか繁盛してきたし、どうやら人気の店に入れたみたい~。

久しぶりの外食やし、
「ワイン二本目頼もう~」

「・・・太るじょ」え?なんのことかしら~??
b0246322_83925100.jpg



「飲んだあとのアイスって美味しいよな~」
「・・・太るじょ」
え?なんだって?
b0246322_8402496.jpg

酔っ払ったら太るとかそういうことは忘れるもんです。今は後悔しています。


お店でも出てた1リットルビールを冷やす発砲スチロール。これ便利やな~日本にもあったらいいのに。
b0246322_84043100.jpg


久々のドミトリで寝ます。明日はいよいよ、イグアスの滝だ~。早起きしようっと。
b0246322_8405591.jpg

[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-09 08:51 | 2012年パラグアイ  

世界で一番遠い親戚

朝9時に迎えに来てくれたのは、祖父の従兄弟で昨年亡くなった万平さんの奥さんフサ子さんと、息子(父のはとこにあたる人)修司さん。宿まで来てくれました。


30歳でこの地にやってきたフサ子さん。
スペイン語はまったく話せませんが、徳島生まれの徳島育ちなので阿波弁バリバリです。
「80年に徳島に帰ったときに、パっとレッチェて言うてしもたんよ。ほしたら、ほれ何ですか~ってあんたのおばあさんに聞かれて、牛乳じゃって教えてあげたんよ。ほしたらレチェ・レチェって練習して帳面に書きますーって言うて書っきょったわよ」
懐かしい話しをしてくれました。帰ったらばあちゃんに聞いてみようっと。


「この辺りの道は雨になったら走れんのんよ」

にえこむんやね!

「ほおよぉ、にえこむんよ。ほなけど去年はセッコでなぁ」

んん~・・・セッコってなんだっけ?知っとるような、知らんような・・・。

「セコちゃうか、seco。“乾燥”じゃ」と夫。

!!スペイン語か!!
一瞬阿波弁かと思ってめっちゃ考えてしまいました。

「Si Si、食べれる食べれる」とか
「No 。違うわよ」と阿波弁とスペ語がまじる、とってもかわいいフサ子ばあちゃん。
5月1日に81歳になりました。
b0246322_0472746.jpg




まずは万平さんのお墓参りに。

しきびにも似ているこの植物はくちなしの葉。
お線香を立てて・・・ここまでは日本と同じです。
b0246322_0481224.jpg


「お父さんはアボカドが好きだったんよ」とフサ子さん。

昭和初期に生まれたおじいちゃんなのに、アボカド好きとは、ナウい!

「アボカドに砂糖かけて食べるんだ好きだったんよ」
え!?万平さん、鳴門出身だったっけ??赤飯にも砂糖をかける人なんかいな・・・。
b0246322_048372.jpg



気になることはありましたが、気持ちを切り替えて、お墓の前でしっかり手を合わせました。


昨日イグアス移住区の歴史を勉強した後ということもあり、なんとも言えない尊敬の気持ちと、この地を切り開いてきた人と血のつながった親戚だということに誇りのようなものを感じました。
b0246322_0493571.jpg
左側の立派な石のお墓には、若くして亡くなられた修司さんの姉妹や万平さんの家族が眠っています。
こちらでは土葬なので万平さんはまだ木のお墓。あと数年したら左側のよな立派な石のものを立てます。


墓地にあるこの大きな十字の前で、入植記念月の8月には慰霊祭が行われます。
これに向かって右側が日本人の、左側が現地の人や他国の人の墓地になっていました。
入植記念月の8月には地域の運動会が開かれます。綱引きやリレー、玉入れ、来賓参加の借り物競争があり、競技ごとに勝者には景品がもらえます。
日本の地域の運動会と一緒ですね。
b0246322_0495998.jpg


お墓から自宅に帰る途中に立ち寄ったのが、遠くにイグアス湖(人工)の見える場所。
夏にはみんな、泳ぎに行くそうです。カピバラもいるよ♪


「数年前に買った土地で、ここから向こう見える湖までは全部うちの土地になる」
え?全部?!ひ、ひろい~~~~。
新しく買った土地は150ヘクタール。
b0246322_051181.jpg


こんな広い土地なので、もちろん農機具も大きいものになります。

コンバイン大きい~~!!ごっついなぁ~
b0246322_0574051.jpg


「いや、コレは後ろよ。前はこっち」

フサ子ばあちゃんが人形みたいに見えます。
b0246322_0564278.jpg

設置しているアタッチメントは、大豆と小麦用のもの。先端部分をトウモロコシ用に取り替えることができます。
この最新の機械で30万ドル

乗り込むと、まるでガンダムに乗ってるみたいな気持ちになります。
b0246322_0591522.jpg



続いて三男の勝則さんが見せてくれたのが除草剤などをまくための大きな乗り物!
目の前ではしご車のように折りたたんでいた後部を伸ばしてくれました。
まるで映画「トランスフォーマー」のようでした。
b0246322_115681.jpg


この機械にはGPS機能がついています。どこまで薬を撒いたか一目瞭然。GPSがハンドルの右側に接しているローラーと連動。これで自動操縦になるので、回転するときだけちょちょっと廻してやればOK。
ゲームをしているみたいです。
b0246322_131116.jpg



まるで離陸しようとする飛行機の後姿のような・・・・
b0246322_134629.jpg

この見えるところ向こう側までずーっと原家の畑。
「あの向こうに走ってるのが見える?あれは次男のひろゆきだよ。麦の蒔きつけをしてるんだよ」
ほんっとに見えるとこ、向こう側まで全部持ち物なのか~。


そのひろゆきさんのところまで車で走っていきました。
右後ろに見えるのと同じ機械がもう一台走っていて、今日は二台で合計30ヘクタールに麦を蒔きます。
b0246322_162446.jpg


今朝はハトの大群が来てるので、深めに蒔きました。
b0246322_165788.jpg
ピョンピョン生えているのは古い大豆。踏みすけながら、その上にそのまんま麦を蒔きます。昔は1回耕してから麦を蒔いていましたが、この赤土は古いものを養分にしてまたさらに強い土になるので簡略化したこの作業で育つのだそうです。


原家では、現在650ヘクタールの畑を持っていますが、当初は32ヘクタールでした。

万平さんとヒサ子さん、長男の修司さんを筆頭にあとは小さな子供たちばかり。
人手がないことで、土地の割り当てが必然的に少なくなったんだそうです。
今よりは狭いとはいえそれでも32ヘクタール。家族全員で、歩きながら種をまいたりしていたそうです。気の遠くなるような話しです。


当時作っていたのはトマト。できるだけ作って、すぐ出荷して、また作ってすぐ出荷して、働けば働くだけ出荷できるので、休む間もなく働きました。
それで大きな機械を買うお金を作って、また働いて、他の人から土地を買い、少しずつ少しずつ広げていきました。

それが今では20倍に。林や森のような場所も入れると960ヘクタール所有しています。

全部畑にしたら?と思いますが、現在法律で土地の25%は森林の状態を保ったり、植林をして緑を増やさなければならないそうです。

万平さんを筆頭に、家族みんなで切り開いた土地。兄弟で力を合わせて広げて大きくしたこの広い広い土地。
今では常時、人を雇っています。今日会っただけでも8人くらい人がいました。
でも大儲けの大地主じゃ!と喜んでばかり入られません。

昨年、一昨年と雨が降らず、この広い広い土地で作った大豆はまったく収穫できなかったそうです。
土地が広いぶん、不作だったときのダメージも大きくなります。

農業だけでなく、養鶏も40年しています。
「エーはエクストラで大きいんでよ。
アーは小さいんやな。ベーもあるんでよ」
b0246322_174098.jpg
エーはE、アーはA、ベーはB。フサ子ばあちゃんが言うとスペイン語も可愛いなぁ。

3000羽のニワトリと1000羽のヒナがいます。
産みたてじゃ!
b0246322_182028.jpg


庭にはアボカドの木やマンゴーの木もありました。
「アボカドの木植えたんですか?」
「タネほっといたら勝手にずんずん大きーになったんよ。これやはまだ小さいほうでよ」
50年になるアボカドの木は古くてもうあまり実をつけないそうです。
50年後、今ここにおちてるアボカドの実のどれかが、大きな木になってるかもしれません。
b0246322_19462.jpg


家にお邪魔すると、なんとここは徳島か!と思うものが。
圓藤知事からいただいた表彰状。外務大臣からのものもありました。
b0246322_110575.jpg


フサ子ばあちゃんのも。
b0246322_111113.jpg



ん?これは!?
もろみ~!しかも魚井の!
b0246322_1115347.jpg
あ~懐かしい~。裏には北佐古二番町の文字。
「これも万平さんが好きだったんよ」とフサ子さん。
b0246322_1122613.jpg
また日本から送ったげなあかんなぁ~。


「お昼食べていきいよ、何もないけんどな。卵ようけ食べよ。肉は堅いけんどな」
卵はもちろん新鮮な産みたてのもの。大根とキュウリのお漬物に感激~!
b0246322_113299.jpg


ビ、ビールまでぇぇ~。
b0246322_1161554.jpg


そういえば、修司さん、2000年に法事でお会いしたときにもすっごい酒豪ぶりを発揮していたような記憶が・・・。美味しそうにビールをゴクゴク飲む修司さんを見て、うっすらと12年前のことがよみがえってきました。
b0246322_1233163.jpg


無口な修司さん、ビールでちょっとおしゃべりになってきました。

1962年にここに移植してきた人もいました。それは東京オリンピックの二年前。
「あのときなんで親父は辛抱せんかったんじゃ。あと二年まったら景気がよぉなったのに」とずっとずっと悔やんでいる友人もいるそうです。

今はNHKのテレビを見ることが出来ますが、当時はラジオの短波放送が日本とのつながりを感じられるものでした。

去年、一昨年は悪天候で収穫がなく、赤字が続いています。

「匠」で移住地の歴史を勉強し、移住してきた人たちの力強さや結束力に感動してばかりでしたが、過去のものとはまた違う今の大変さを教えてもらいました。


「ゆきちゃんかいな、さっちゃんかいな、どっちでもかんまんわな。
アボカドようけ持って帰りよ。ソノダで自炊しよんだろ」
え~いいんですか~!
b0246322_1285793.jpg



「ショウガもいるで?新ショウガでよ」
b0246322_1295173.jpg

え~いいんですか~!
b0246322_130651.jpg


「卵もニラも、ネギも持って帰んな」
え~いいんですか~!
b0246322_1292290.jpg




最後にみんなで写真撮影。
あ!ひろゆきさんがまだ畑じゃ!
b0246322_1282961.jpg

[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-06 22:42 | 2012年パラグアイ  

ブラジルビザゲット

南米の最後の土地ブラジルへ入国するためのビザを用意するために「ブラジルビザがとーーってもとりやすい」という噂のエンカルナシオンへ。

朝5時に起きて道でバスを待つこと1時間。
時刻表なんかはないんです。来たバスに手を振って乗るだけ。
b0246322_20425835.jpg


ようやく朝日が出てきたころにバスに乗ることができました。
b0246322_20432062.jpg
シウダーデルエステとエンカルナシオンへの分岐点「30キロ地点」で降りて、乗り換え。

ちゃんと乗り換えできるんかな~と心配してましたが、こんな朝早い時間でもチケット売りのおっちゃんがいて、「どこ行くの?」と聞いてくれました。
バスが来たらおっちゃんについて行って乗り込むだけ。
あとは終点まで5時間くらい乗ってれば到着~。
b0246322_20445711.jpg
ターミナルで降りると、誰かのブログで見た目印「黄色いタンク」発見。
b0246322_20443620.jpg


これを目印に進めば・・・

あったー!!ブラジル領事館。大使館?どっちでもいいや~ビザくれたらいいや~。
普通の家みたいやけど、これがそうなんやな~。ブラジルの国旗もなんもないけど。
b0246322_20455389.jpg


ニコニコ笑顔のおっちゃんに

コンニチワ~」と日本語で迎えられ

「この写真ちょっと小さいね。あーこれは大きするね。まぁ大丈夫さ。ははは」


「帰りのチケットある?ないの?クレジットカードある?じゃあ大丈夫さ。ははは」


なんでもOKみたいです。
クレジットカードの番号をメモするのかと思って見ていたら
「CREDIT CARD JAL」って書いてた。
なんて適当な・・・JALのマイルが貯まるカードでマスターカードなんやけどなぁ。

これで終わりかな~と思ったら
なにやら別の紙を持って

「ところで、君たちみたいなカップルは日本語でなんていうの?

フーフ?
フ~フ。

なるほど~」

ポルトガル語→日本語
が書かれた日本語メモでした。

他にも、アリガトウとかサヨウナラ、ヨイタビヲ・・・「エロイ」とかもありました。
誰が教えたんだ・・・。

「昼ごはんでも食べて、1時間か2時間くらいしたらおいで」と言われたので、その通りに再び行くと完成~。
ヤッター!!!
b0246322_20585116.jpg

帰りもまた6時間近くバスに揺られて、宿に帰ったのは夜の7時を過ぎていました。
ふ~ヤレヤレ。これでブラジルに入れるわ~。
[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-04 00:39 | 2012年パラグアイ  

イグアス移住区のこと、もっと知ろう!

親戚の原さんの連絡先を訊ねるため、ペンションのオーナーが紹介してくれたのが日本人会の広報を担当する澤村壱番さん。
澤村さんは現在この土地で二番目に若い移住者。
現在移住して6年目を迎える澤村さんは、劇団員として南米を公演してまわったときにこの土地に魅了され移住を決意しました。
現在は広報を担当しながら、週に一度は日本語学校の高校の先生をしたり、ブラジルで発行されている日系の新聞に記事も書いています。
b0246322_2134639.jpg


せっかくなので親戚のことだけでなく、イグアス移住地のことをたくさん教えてもらいました。

地域の中心には鳥居があって、地域の人たちが集う広い公園。
ここははちょうど沖縄の宮古島の真裏にあたります。
b0246322_2123876.jpg


日本人や日系の子供たちは午前中は地元の学校へ、午後は日本語学校へ通います。
地元の学校ではスペイン語、そしてグアラニー語も学びます。
グアラニー語は政府の方針で学ぶことができませんでしたが、25年ほど前から学校教育の中でも歴史的なグアラニー語を尊重して学ばせるようになりました。
古い人はグアラニー語を話せるけど書けないという人も多いようですが、若い世代の人たちは読み書き共にできます。
日本語学校へ通うのは週に2~3回、国語を中心に勉強します。
学校のグラウンドには土俵があり、相撲もとります。
b0246322_2131814.jpg


高校になると週に一度土曜日に授業があります。
授業といっても、もうほとんどの生徒が日本語を話せるため、どちらかというと文化を学んだりするための時間です。
地域の日本人間の絆を大切にしていくためにの時間でもあります。

学校の運動会とは別に、移住区の運動会もあります。
移住記念の8月に毎年開催され、綱引きやリレー、玉入れ、来賓参加の借り物競争もあります。
各種目ごとに勝者には景品あり。
日本の地域の運動会と一緒です。


ペルーやブラジルなどの南米の移住地のなかで最も新しい、そして一番最後の移住地であるイグアス移住区。
2011年の去年入植50周年を迎えました。

ブラジルをはじめとした移住区で「一世」というと、若い世代にとっては曾おじいさんや曾々おじいさんのことになりますが、
でもここイグアス移住区では、今も1世(移住してきた最初の人たち)が健在。
日本をじかに知る世代が多いため、他の古い移住区に比べ日本の文化や風習を大切にし、また思いも違う場所になっています。

日本人会館の側には30周年の記念碑も。
b0246322_21523.jpg



水曜日だけ開いているというイグアス「匠」センター。
b0246322_2141422.jpg


「匠」では50年前、ここへやってきた人たちのことを学べるこの資料館では貴重な写真や当時の農具を見ることができます。
b0246322_217335.jpg



「今は笑顔、やがてしばしの放心状態に」体験した人でないと付けることができないようなコメントです。
b0246322_2163970.jpg


音声テープ。旅先で出会う人に「フェイスブックしてる?」「またメールするね」と言えてしまう今の時代とは違う、遠い遠い国へ旅立つということの心細さを感じます。
b0246322_21113770.jpg


船内の人たちの士気を高めようと、「赤道を越えた記念」の祭りが開催されたり
b0246322_21115967.jpg



あと一日で到着するということで「サヨナラディナー」で豪勢にお祝いしたり、船内では運動会なども開かれたそうです。
b0246322_21121429.jpg



移住してきた人の出身地は高知、岩手、北海道の順に多く、皆「豊かな農地」がもらえると喜んでやってきましたが、実際は農地の活用計画どころか、開拓の計画さえ「本当にまったく」なかったんだそうです。

ジャングルを焼き払い、トラクターで木をなぎ倒し、ようやく畑にしてトマトを育ててみたけど、首都のアスンシオンは距離が遠く運ぶまでに痛んでしまう・・・どうしよう・・・蚕でも育てようか、と桑畑をしたこともありました。
政府は土地を買ったものの、本当にまったく「計画」がない状態で日本人を連れて行ったんですね。


今では「テラロッサ」という世界三大芙蓉度である赤土を生かし、オーロラ大豆という美味しい大豆を作ったり、小麦を作ったりしています。トウモロコシは1ヘクタールで1.5トン収穫できる北海道に比べて倍の3トン以上が出荷できるという土地の豊かさ。
これから大豆やトウモロコシがバイオエネルギーとしてもっと積極的に利用されたら、もっともっと儲かるんだと思います。

日本で最も広い農地は北海道の30ヘクタールですが、ここでは平均が700ヘクタール、広い人で1500ヘクタールを所有しています。
農地だけで8万6000ヘクタールあり、それは香川県より広い面積になるのです。
この土地を日本人が切り開いた後、現地のパラグアイ人やドイツ・スイスなどからの移住者がやって来ました。
パラグアイ人やドイツ人・スイス人よりもその人数は少ない、約150世帯、500~600人の日本人が生活していますが、「最初にこの場所を切り開いた」ということで日本人はとても尊敬されているそうです。

この写真は鳥居のある公園。
ようやく「道」と呼べるようなものが出来たときの写真です。
b0246322_2115159.jpg


15歳で両親と一緒にこの地へやってきた女性。宮城の出身です。
「うちは本当に貧乏でね。でもこっちに到着してから毎日泣いてたわ」
・・・うんうん、友達とも離れて・・・多感な時期に・・・
「もう全部ジャングルだから、手にも顔にもブヨが噛み付いてね」
え?!ブヨ!?
「ひどいのよ。毒性がある虫ばっかりでしょ、服なんで脱げないの」
15歳の少女が泣いていた理由は、故郷への思いや友達との別れじゃなくて、ブヨ
でもそれがおばちゃんの涙の真実・・・。

「でも星がほんとに綺麗でね~」
b0246322_2116274.jpg


すると奥の図書室から
「そうそう!星が降ってくるようにキレイでね~」
と大声で乗っかってきました。

おばちゃんたちふたりは、移住者の一世。
すなわち日本直輸入のおばちゃんです。
話しが盛り上がる盛り上がる!

「ほらほらこの写真、コレが私よ、これは長男だわ。これは二女よ。これはヤクルトの若林のおばさんなのよ」
「あら、これ山本のセニョーラよ」
「このときはほんと楽しそうねぇ。そういえば、食べ物に困るっていうことはなかったわね~」
「そうね、マンディオカ(お芋)食べてたし大丈夫だったねぇ」
「え!私マンディオカなんて食べなかったわ」
「あんたのとこは特別よ。いい暮らししてたのよ。やっぱり肌が違うわね」
さすが日本直輸入のおばちゃん、話しが途切れません。
b0246322_21161894.jpg


この「匠」センターは、老人会の方たちが週に一度水曜日に開けているので、こうして直接当時のお話を聞くことが出来ます。
初代の人たちが今もいらっしゃるからこそ、という本当に本当に貴重な移住区であることを実感しました。

澤村さんが「この子は原さんの遠い親戚だそうです」と紹介してくれました。
「あら~マンペイさんの。あら~」
「あの人は頭の良い人でねぇ。厳格な人だったわねぇ」
「そうねぇ~。頑固だったかしらねぇ」
厳格と頑固はちょっと違うと思うけど・・・( ̄▽ ̄;)!!

祖父の従兄弟にあたる万平さんは、一年ほど前に亡くなっているということを聞いていたので、今回はお墓参りもできたら・・・と思ってやってきました。

「原さんのところ、養鶏もしててね、あそこの卵はほんと美味しいのよ」
[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-03 21:17 | 2012年パラグアイ  

ペンション園田滞在中

祖父の従兄弟がブラジルに移住し、昨年亡くなったのでこんな近くまで来ているんだからご挨拶くらいしていこうと思っていたので

ペンション園田のオーナーにその住所を見せて相談すると

「それは私書箱だ。住所じゃない」
と言われてしまいました・・・。

電話番号を見せると
「それはパラグアイのしかもこの近所の電話番号だ」
と電話をかけてくれましたが

「これハラさんちの電話番号じゃなかったよ」



ど、どうしよう~~~~。

住所は違うし、頼りの電話番号は間違えてるし・・・


「この辺りにハラさんは1軒しかない、きっとあの家だ。ここから2キロ先」

えぇ!!めっちゃ近所なの!?


危うくこのまま会わずにブラジル入りしちゃうところでした!!
日本人会に聞けばすべての情報は手に入るとのこと。
あ~これで無事、南米での目的のひとつは果たすことができそうです。ヤレヤレ。
b0246322_3372772.jpg

まずは、いろんな話しを聞かせてくれた宿のお話しから・・・


日本人宿ペンション園田は、日系二世で日本人の園田はじめさんが経営しています。
はじめさんのスペイン語ネーム(パラグアイでの戸籍で)は、オスカルはじめ園田、です。
年は32歳、私と同じ年。

オーナーのはじめさんのお父さんが10歳のときに両親と一緒にパラグアイへ。
はじめさんのお父さんは鹿児島、お母さんは高知、
はじめさんの従兄弟のお母さんは愛媛、
ということで、勝手に四国出身のお母さんというだけで親近感を持ってしまいました。


はじめさんは、2006年に1年近く日本で働いたあと、帰国、2007年4月にペンション園田をオープン。

台帳を見せていただくと、最初の月は4~5人だった宿泊客が、翌月には30人以上に増えていました。当時はホームページを作っていなかったので、口コミでの集客です。

「旅行者が来て、売れるはずがなかったものが売れたり、余分にモノが消費されて、少しでも地域にお金が落されたら」というはじめさん。
お豆腐屋さんが車で来ると宿泊者全員に「豆腐がきたよ~豆腐だよ~」と大声で宣伝、
週末だけオープンするラーメン屋さんに皆を勧誘し、この週末は大雨だったので送迎までしてくれる大サービス。
とことん旅行客が地元のモノを消費することに燃えています。


油揚げを買ったので、こんがり焼いて醤油ネギをくるんで食べるおつまみに。

砂肝をニンニクと炒めて、これまた酒のつまみに。

昨日の鍋の残りで肉じゃがにして、白菜も残ってたので浅漬け風に。
b0246322_3385250.jpg


居酒屋気分♪になってたら、

「この銘柄が何か当てたら、いっくらでも飲ませてやるぞ」
とはじめさんが、

韓国のジンロじゃない、ホンモノの日本の焼酎を持って来ました。

夫、必死に匂って匂って・・・・

b0246322_3394352.jpg


黒霧島
ブー!!

愛子
ブー!!


明るい農村
ブー!!


正解は・・・

あらわざ~~~。
b0246322_340352.jpg



ハズれたけど、
「ちょっとだけ!ちょっとだけ!」
といっぱいいただいたのでした。
いや~美味しい一杯でした。
ゴチソウサマ~。
b0246322_3402059.jpg

[PR]

by miyamotosachiko | 2012-05-03 03:52 | 2012年パラグアイ  

ヘワンとのお別れ

14日間!も滞在したヘワンの家。
カウチサーフィンではなく「友達んちに居候」だった気がします。

自分の家」のようにダラダラと過ごしました。
日本のアニメを検索して、それが吹き替えで韓国語になってるものだったりすると
カンジガチガウ!」って怒ってたヘワン。
ほんとーに日本のアニメを愛しているのです。

そうそう、「花田少年史」を見て三人でしたね。
b0246322_18514185.jpg



毎日一緒にご飯を食べました。

この日は掻き揚げとざるそばだったね。
b0246322_18521134.jpg


時間があれば韓国語の勉強もしました。

今度韓国人に出会ったら「チョギヨー」って声かけてみるよ。
b0246322_18523133.jpg



韓国語で豆は「コン」、ご飯は「」。
豆ご飯は「コンパ」!

でも何回言っても

「ゼンゼンチガウ」と言われました。


微妙なムというかン、口の中に空気がこもる感じに発音するのが、難しい。

私たちには発音の難しい韓国語、
でも韓国人には日本語は発音が簡単なんだそうです。


お赤飯に似たコングリ飯、大好きになったよ。栄養満点だから日本帰っても作るね。
b0246322_18533519.jpg


ほとんど下戸のヘワンの家に、こんなにワインの空き瓶が並んだね。
たった二週間で。
b0246322_18551970.jpg



いよいよ最後の日、ヘワンにプレゼント!

ヘワンの大好きなコカコーラです。
b0246322_1856018.jpg


そして三人の出会いを凝縮したこのアルバムをプレゼント。
「ん?ナニコレ!?」
b0246322_1856381.jpg


「じゃ~ん、ワタシよ~」初めての日。この日は私たちの奇跡の日。スペシャルな時間の始まりです。
b0246322_1857154.jpg



「韓国の国旗、書くん難しかったんじょ~」コンベ~!貴方の親切に感謝します。どういたしまして。なんて素敵なこと!それはサムギョプサル&ビール。
b0246322_18571557.jpg



「アレ!次のページにもサチコが!」
「そうなのよ~。最後のページまで、ワタシはいるのよ~」アドランファミリーと。とってもとっても可愛いナネちゃん。ほんの少ししかスペイン語を話せないので、ヘワンが必要不可欠でした。貴方の通訳は完璧!
b0246322_18573228.jpg





素敵な時間をあなたの家で過ごしました。音楽や日本のアニメ、いろんなことを話しました。←アジョシ。貴方の家は私たちの家になりました~~~~。
b0246322_18574875.jpg




私たちは毎日一緒にいろんなものを食べました。韓国料理大好き!僕も!
b0246322_1858688.jpg





「スペースあるからヘワンもなんか書いて」
カキカキ
「ボクの字、下手くそで読めんってよう言われるんやけど・・・」
カキカキ
「この日のことをずーっとずーっと忘れんよ ヘワンより」って書いてくれたみたい。
今ではすっかり古くからの友人のようです。
b0246322_18582588.jpg



感動最終ページ!

「きっとまた、ううん、ぜったい!!会おうね!」と言うと

ヘワンが???とアルバムをくるくる回し始めました。

「サチコ・・・

韓国の形が間違っとるよ」
!?

貼り間違えた~~。あと30度、いや18度くらい右回転が必要だったみたい。

私たちはヘワンともう一度会いたいです。日本には貴方の家があります。←あなたの家。「貴方はいつでも私たちの家に来ることができます」
b0246322_1265643.jpg



ツメが甘かった・・・・
b0246322_18592476.jpg

[PR]

by miyamotosachiko | 2012-04-29 19:34 | 2012年パラグアイ